から見ると、島田の要求は不思議な位理に合わなかった。従ってそれを片付けるのも容易であった。ただ簡単に断りさえすれば済んだ。
「しかし一旦は貴方《あなた》の御耳まで入れて置かないと、私《わたくし》の落度になりますからね」と比田は自分を弁護するようにいった。彼はどこまでもこの会合を真面目《まじめ》なものにしなければ気が済まないらしかった。それで言う事も時によって変化した。
「それに相手が相手ですからね。まかり間違えば何をするか分らないんだから、用心しなくっちゃいけませんよ」
「焼が廻ってるなら構わないじゃないか」と兄が冗談半分に彼の矛盾を指摘すると、比田はなお真面目になった。
「焼が廻ってるから怖いんです。なに先が当り前の人間なら、私《わたし》だってその場ですぐ断っちまいまさあ」
 こんな曲折は会談中に時々起ったが、要するに話は最初に戻って、つまり比田が代表者として島田の要求を断るという事になった。それは三人が三人ながら始めから予期していた結局なので、其所《そこ》へ行き着くまでの筋道は、健三から見ると、むしろ時間の空費に過ぎなかった。しかし彼はそれに対して比田に礼を述べる義理があった。

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