二十七

 三人はすぐ用談に取り掛った。比田《ひだ》が最初に口を開《ひら》いた。
 彼はちょっとした相談事にも仔細《しさい》ぶる男であった。そうして仔細ぶればぶるほど、自分の存在が周囲から強く認められると考えているらしかった。「比田さん比田さんって、立てて置きさえすりゃ好《い》いんだ」と皆《みん》なが蔭《かげ》で笑っていた。
「時に長さんどうしたもんだろう」
「そう」
「どうもこりゃ天から筋が違うんだから、健ちゃんに話をするまでもなかろうと思うんだがね、私《わたし》ゃ」
「そうさ。今更そんな事を持ち出して来たって、こっちで取り合う必要もないだろうじゃないか」
「だから私も突っ跳《ぱ》ねたのさ。今時分そんな事を持ち出すのは、まるで自分の殺した子供を、もう一|返《ぺん》生かしてくれって、御寺様へ頼みに行くようなものだから御止《およ》しなさいって。だけど大将いくら何といっても、坐《すわ》り込んで動《いご》かないんだからね、仕方がない。しかしあの男がああやって今頃私の宅《うち》へのんこのしゃあで遣《や》って来るのも、実はというと、やっぱり昔し|○《れこ》の関係があったからの事さ。だっ
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