は米がどれほど要《い》ったものか、またそれが高過ぎるのか、安過ぎるのか、更に見当が付かなかった。
 この場合にも彼は細君の手から帳簿を受取って、ざっと眼を通しただけであった。
「何か変った事でもあるのかい」
「どうかして頂かないと……」
 細君は目下の暮し向について詳しい説明を夫にして聞かせた。
「不思議だね。それで能《よ》く今日《きょう》まで遣《や》って来られたものだね」
「実は毎月《まいげつ》余らないんです」
 余ろうとは健三にも思えなかった。先月|末《すえ》に旧《ふる》い友達が四、五人でどこかへ遠足に行くとかいうので、彼にも勧誘の端書をよこした時、彼は二円の会費がないだけの理由で、同行を断った覚《おぼえ》もあった。
「しかしかつかつ[#「かつかつ」に傍点]位には行きそうなものだがな」
「行っても行かなくっても、これだけの収入で遣って行くより仕方がないんですけれども」
 細君はいい悪《にく》そうに、箪笥《たんす》の抽匣《ひきだし》にしまって置いた自分の着物と帯を質に入れた顛末《てんまつ》を話した。
 彼は昔自分の姉や兄が彼らの晴着を風呂敷へ包んで、こっそり外へ持って出たりまた持って
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