入ったりしたのをよく目撃した。他《ひと》に知れないように気を配りがちな彼らの態度は、あたかも罪を犯した日影者のように見えて、彼の子供心に淋《さび》しい印象を刻み付けた。こうした聯想《れんそう》が今の彼を特更《ことさら》に佗《わ》びしく思わせた。
「質を置いたって、御前が自分で置きに行ったのかい」
 彼自身いまだ質屋の暖簾《のれん》を潜《くぐ》った事のない彼は、自分より貧苦の経験に乏しい彼女が、平気でそんな所へ出入《でいり》するはずがないと考えた。
「いいえ頼んだんです」
「誰に」
「山野のうちの御婆《おばあ》さんにです。あすこには通いつけの質屋の帳面があって便利ですから」
 健三はその先を訊《き》かなかった。夫が碌な着物一枚さえ拵《こしら》えてやらないのに、細君が自分の宅《うち》から持ってきたものを質に入れて、家計の足《たし》にしなければならないというのは、夫の恥に相違なかった。

     二十一

 健三はもう少し働らこうと決心した。その決心から来る努力が、月々幾枚かの紙幣に変形して、細君の手に渡るようになったのは、それから間もない事であった。
 彼は自分の新たに受取ったものを洋服
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