には淋《さび》しかった。
「己《おれ》も実は面白くないんだよ」
「じゃ御止《およ》しになれば好いのに。つまらないわ、貴夫、今になってあんな人と交際うのは。一体どういう気なんでしょう、先方《むこう》は」
「それが己には些《ちっ》とも解らない。向《むこう》でもさぞ詰らないだろうと思うんだがね」
「御兄さんは何でもまた金にしようと思って遣って来たに違いないから、用心しなくっちゃいけないっていっていらっしゃいましたよ」
「しかし金は始めから断っちまったんだから、構わないさ」
「だってこれから先何をいい出さないとも限らないわ」
細君の胸には最初からこうした予感が働らいていた。其所《そこ》を既に防ぎ止めたとばかり信じていた理に強い健三の頭に、微《かす》かな不安がまた新らしく萌《きざ》した。
二十
その不安は多少彼の仕事の上に即《つ》いて廻った。けれども彼の仕事はまたその不安の影をどこかへ埋《うず》めてしまうほど忙がしかった。そうして島田が再び健三の玄関へ現れる前に、月は早くも末になった。
細君は鉛筆で汚ならしく書き込んだ会計簿を持って彼の前に出た。
自分の外で働いて取る金額の
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