健三にはその後を訊《き》く必要もなかった。彼が昔し金を借りられた時分にも、この叔父は何かの会社を建てているとかいうので彼はそれを本当にしていた。細君の父もそれを疑わなかった。叔父はその父を旨《うま》く説きつけて、門司まで引張って行った。そうしてこれが今建築中の会社だといって、縁もゆかりもない他人の建てている家を見せた。彼は実にこの手段で細君の父から何千かの資本を捲《ま》き上げたのである。
健三はこの人についてこれ以上何も知りたがらなかった。細君もいうのが厭らしかった。しかし何時もの通り会話は其所《そこ》で切れてしまわなかった。
「あの日はあまり好《い》い御天気だったから、久しぶりで御兄《おあにい》さんの所へも廻って来ました」
「そうか」
細君の里は小石川台町《こいしかわだいまち》で、健三の兄の家《うち》は市ヶ谷薬王寺前《いちがややくおうじまえ》だから、細君の訪問は大した迂回《まわりみち》でもなかった。
十九
「御兄《おあにい》さんに島田の来た事を話したら驚ろいていらっしゃいましたよ。今更来られた義理じゃないんだって。健三もあんなものを相手にしなければ好いのにって」
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