》い夫婦でもなかった。またそれだけの親しみを現わすには、御互が御互に取ってあまりに陳腐《ちんぷ》過ぎた。
二、三日経ってから細君は始めてその日外出した折の事を食事の時話題に上《のぼ》せた。
「此間《こないだ》宅《うち》へ行ったら、門司《もじ》の叔父《おじ》に会いましてね。随分驚ろいちまいました。まだ台湾にいるのかと思ったら、何時の間にか帰って来ているんですもの」
門司の叔父というのは油断のならない男として彼らの間に知られていた。健三がまだ地方にいる頃、彼は突然汽車で遣《や》って来て、急に入用《いりよう》が出来たから、是非とも少し都合してくれまいかと頼むので、健三は地方の銀行に預けて置いた貯金を些少《さしょう》ながら用立てたら、立派に印紙を貼《は》った証文を後から郵便で送って来た。その中に「但し利子の儀は」という文句まで書き添えてあったので、健三はむしろ堅過ぎる人だと思ったが、貸した金はそれぎり戻って来なかった。
「今何をしているのかね」
「何をしているんだか分りゃしません。何とかの会社を起すんで、是非健三さんにも賛成してもらいたいから、その内|上《あが》るつもりだっていってました」
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