》汚ない庭を眺めていた。
「あなた何を考えていらっしゃるの」
 健三はちょっと振り返って細君の余所行姿《よそゆきすがた》を見た。その刹那《せつな》に爛熟《らんじゅく》した彼の眼はふとした新らし味を自分の妻の上に見出した。
「どこかへ行くのかい」
「ええ」
 細君の答は彼に取って余りに簡潔過ぎた。彼はまたもとの佗《わ》びしい我に帰った。
「子供は」
「子供も連れて行きます。置いて行くと八釜《やかま》しくって御蒼蠅《おうるさ》いでしょうから」
 その日曜の午後を健三は独り静かに暮らした。
 細君の帰って来たのは、彼が夕飯《ゆうめし》を済ましてまた書斎へ引き取った後《あと》なので、もう灯《あかり》が点《つ》いてから一、二時間経っていた。
「ただ今」
 遅くなりましたとも何ともいわない彼女の無愛嬌《ぶあいきょう》が、彼には気に入らなかった。彼はちょっと振り向いただけで口を利かなかった。するとそれがまた細君の心に暗い影を投げる媒介《なかだち》となった。細君もそのまま立って茶の間の方へ行ってしまった。
 話をする機会はそれぎり二人の間に絶えた。彼らは顔さえ見れば自然何かいいたくなるような仲の好《い
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