ら如何《いかが》です」
吉田は突然健三の方を向いた。健三は苦笑しない訳に行かなかった。仕方なしに「ええ儲けたいものですね」といって跋《ばつ》を合せた。
「なに訳はないんです。洋行まですりゃ」
これは年寄の言葉であった。それがあたかも自分で学資でも出して、健三を洋行させたように聞こえたので、彼は厭《いや》な顔をした。しかし老人は一向そんな事に頓着《とんじゃく》する様子も見えなかった。迷惑そうな健三の体《てい》を見ても澄ましていた。しまいに吉田が例の烟草入《タバコいれ》を腰へ差して、「では今日《こんにち》はこれで御暇《おいとま》を致す事にしましょうか」と催促したので、彼は漸《ようや》く帰る気になったらしかった。
二人を送り出してまたちょっと座敷へ戻った健三は、再び座蒲団《ざぶとん》の上に坐ったまま、腕組をして考えた。
「一体何のために来たのだろう。これじゃ他《ひと》を厭がらせに来るのと同じ事だ。あれで向《むこう》は面白いのだろうか」
彼の前には先刻《さっき》島田の持って来た手土産《てみやげ》がそのまま置いてあった。彼はぼんやりその粗末な菓子折を眺めた。
何にもいわずに茶碗《ちゃわ
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