祝儀は済んだが、――が死んだ時|後《あと》が女だけだもんだから、実は私《わたし》が本屋に懸け合いましてね。それで年々いくらと極《き》めて、向うから収めさせるようにしたんです」
「へえ、大したもんですな。なるほどどうも学問をなさる時は、それだけ資金《もとで》が要《い》るようで、ちょっと損な気もしますが、さて仕上げて見ると、つまりその方が利廻りの好《い》い訳になるんだから、無学のものはとても敵《かな》いませんな」
「結局得ですよ」
彼らの応対は健三に何の興味も与えなかった。その上いくら相槌《あいづち》を打とうにも打たれないような変な見当へ向いて進んで行くばかりであった。手持無沙汰《てもちぶさた》な彼は、やむをえず二人の顔を見比べながら、時々庭の方を眺めた。
その庭はまた見苦しく手入の届かないものであった。何時緑をとったか分らないような一本の松が、息苦しそうに蒼黒《あおぐろ》い葉を垣根の傍《そば》に茂らしている外《ほか》に、木らしい木は殆《ほとん》どなかった。箒《ほうき》に馴染《なず》まない地面は小石|交《まじ》りに凸凹《でこぼこ》していた。
「こちらの先生も一つ御儲《おもう》けになった
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