葉の語尾を切る注意をわざと怠らないように見えた。健三はむかしその人から健坊《けんぼう》々々と呼ばれた幼い時分を思い出した。関係が絶えてからも、会いさえすれば、やはり同じ健坊々々で通すので、彼はそれを厭《いや》に感じた過去も、自然胸のうちに浮かんだ。
「しかしこの調子なら好《い》いだろう」
健三はそれで、出来るだけ不快の顔を二人に見せまいと力《つと》めた。向うもなるべく穏かに帰るつもりと見えて、少しも健三の気を悪くするような事はいわなかった。それがために、当然双方の間に話題となるべき懐旧談なども殆《ほとん》ど出なかった。従って談話はややともすると途切れがちになった。
健三はふと雨の降った朝の出来事を考えた。
「この間二度ほど途中で御目にかかりましたが、時々あの辺を御通りになるんですか」
「実はあの高橋の総領の娘が片付いている所がついこの先にあるもんですから」
高橋というのは誰の事だか健三には一向解らなかった。
「はあ」
「そら知ってるでしょう。あの芝《しば》の」
島田の後妻の親類が芝にあって、其所《そこ》の家《うち》は何でも神主《かんぬし》か坊主だという事を健三は子供心に聞いて覚
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