そろ》って健三の宅《うち》を訪問《おとず》れたのは月の半ば頃であつた。松飾の取り払われた往来にはまだどことなく新年の香《におい》がした。暮も春もない健三の座敷の中に坐《すわ》った二人は、落付《おちつ》かないように其所《そこ》いらを見廻した。
比田は懐から書付を二枚出して健三の前に置いた。
「まあこれで漸《ようや》く片が付きました」
その一枚には百円受取った事と、向後《こうご》一切の関係を断つという事が古風な文句で書いてあった。手蹟《て》は誰のとも判断が付かなかったが、島田の印は確かに捺《お》してあった。
健三は「しかる上は後日に至り」とか、「后日《ごじつ》のため誓約|件《くだん》の如し」とかいう言葉を馬鹿にしながら黙読した。
「どうも御手数《おてすう》でした、ありがとう」
「こういう証文さえ入れさせて置けばもう大丈夫だからね。それでないと何時まで蒼蠅《うるさ》く付け纏《まと》わられるか分ったもんじゃないよ。ねえ長《ちょう》さん」
「そうさ。これで漸く一安心出来たようなものだ」
比田と兄の会話は少しの感銘も健三に与えなかった。彼には遣《や》らないでもいい百円を好意的に遣ったのだと
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