憐《かれん》な自然に対してももう感興を失っていた。
 幸い天気は穏かであった。空風《からかぜ》の吹き捲《まく》らない野面《のづら》には春に似た靄《もや》が遠く懸っていた。その間から落ちる薄い日影もおっとりと彼の身体《からだ》を包んだ。彼は人もなく路《みち》もない所へわざわざ迷い込んだ。そうして融《と》けかかった霜で泥だらけになった靴の重いのに気が付いて、しばらく足を動かさずにいた。彼は一つ所に佇立《たたず》んでいる間に、気分を紛らそうとして絵を描《か》いた。しかしその絵があまり不味《まず》いので、写生はかえって彼を自暴《やけ》にするだけであった。彼は重たい足を引き摺《ず》ってまた宅《うち》へ帰って来た。途中で島田に遣《や》るべき金の事を考えて、ふと何か書いて見ようという気を起した。
 赤い印気《インキ》で汚ない半紙をなすくる業《わざ》は漸《ようや》く済んだ。新らしい仕事の始まるまでにはまだ十日の間があった。彼はその十日を利用しようとした。彼はまた洋筆《ペン》を執って原稿紙に向った。
 健康の次第に衰えつつある不快な事実を認めながら、それに注意を払わなかった彼は、猛烈に働らいた。あたかも
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