し事実に棒を引いたって、感情を打ち殺す訳には行かないからね。その時の感情はまだ生きているんだ。生きて今でもどこかで働いているんだ。己が殺しても天が復活させるから何にもならない」
「御金なんか借りさえしなきゃあ、それで好いじゃありませんか」
 こういった細君の胸には、比田たちばかりでなく、自分の事も、自分の生家《さと》の事も勘定に入れてあった。

     百一

 歳《とし》が改たまった時、健三は一夜《いちや》のうちに変った世間の外観を、気のなさそうな顔をして眺めた。
「すべて余計な事だ。人間の小刀細工だ。」
 実際彼の周囲には大晦日《おおみそか》も元日もなかった。悉《ことごと》く前の年の引続きばかりであった。彼は人の顔を見て御目出とうというのさえ厭《いや》になった。そんな殊更な言葉を口にするよりも誰にも会わずに黙っている方がまだ心持が好かった。
 彼は普通の服装《なり》をしてぶらりと表へ出た。なるべく新年の空気の通わない方へ足を向けた。冬木立《ふゆこだち》と荒た畠《はたけ》、藁葺《わらぶき》屋根と細い流《ながれ》、そんなものが盆槍《ぼんやり》した彼の眼に入《い》った。しかし彼はこの可
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