ら自分の持っている両蓋の銀側時計を弟の健三に見せて、「これを今に御前に遣ろう」と殆《ほと》んど口癖《くちくせ》のようにいっていた。時計を所有した経験のない若い健三は、欲しくて堪らないその装飾品が、何時になったら自分の帯に巻き付けられるのだろうかと想像して、暗《あん》に未来の得意を予算に組み込みながら、一、二カ月を暮した。
病人が死んだ時、彼の細君は夫の言葉を尊重して、その時計を健三に遣るとみんなの前で明言した。一つは亡くなった人の記念《かたみ》とも見るべきこの品物は、不幸にして質に入れてあった。無論健三にはそれを受出す力がなかった。彼は義姉《あね》から所有権だけを譲り渡されたと同様で、肝心の時計には手も触れる事が出来ずに幾日かを過ごした。
或日皆なが一つ所に落合った。するとその席上で比田が問題の時計を懐中《ふところ》から出した。時計は見違えるように磨かれて光っていた。新らしい紐《ひも》に珊瑚樹《さんごじゅ》の珠《たま》が装飾として付け加えられた。彼はそれを勿体《もったい》らしく兄の前に置いた。
「それではこれは貴方《あなた》に上げる事にしますから」
傍《そば》にいた姉も殆んど比田
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