た。
 仕事を中絶された彼はぼんやり烟草《タバコ》を吹かし始めた。ところへ細君がまた入って来た。
「帰ったかい」
「ええ」
 細君は夫の前に広げてある赤い印《しるし》の附いた汚ならしい書きものを眺めた。夜中に何度となく赤ん坊のために起こされる彼女の面倒が健三に解らないように、この半紙の山を綿密に読み通す夫の困難も細君には想像出来なかった。――
 調べ物を度外に置いた彼女は、坐《すわ》るとすぐ夫に訊《たず》ねた。――
「また何かそういって来る気でしょうね。執《しつ》ッ濃《こ》い」
「暮のうちにどうかしようというんだろう。馬鹿らしいや」
 細君はもう島田を相手にする必要がないと思った。健三の心はかえって昔の関係上多少の金を彼に遣《や》る方に傾いていた。しかし話は其所《そこ》まで発展する機会を得ずによそへ外《そ》れてしまった。
「御前の宅《うち》の方はどうだい」
「相変らず困るんでしょう」
「あの鉄道会社の社長の口はまだ出来ないのかい」
「あれは出来るんですって。けれどもそうこっちの都合の好いように、ちょっくらちょいとという訳には行かないんでしょう」
「この暮のうちには六《む》ずかしいのかね
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