彼はこう考えると不思議でならなかった。その不思議のうちには、自分の周囲と能く闘い終《おお》せたものだという誇りも大分《だいぶ》交《まじ》っていた。そうしてまだ出来上らないものを、既に出来上ったように見る得意も無論含まれていた。
 彼は過去と現在との対照を見た。過去がどうしてこの現在に発展して来たかを疑がった。しかもその現在のために苦しんでいる自分にはまるで気が付かなかった。
 彼と島田との関係が破裂したのは、この現在の御蔭であった。彼が御常を忌《い》むのも、姉や兄と同化し得ないのもこの現在の御蔭であった。細君の父と段々離れて行くのもまたこの現在の御蔭に違なかった。一方から見ると、他《ひと》と反《そり》が合わなくなるように、現在の自分を作り上げた彼は気の毒なものであった。

     九十二

 細君は健三に向っていった。――
「貴夫《あなた》に気に入る人はどうせどこにもいないでしょうよ。世の中はみんな馬鹿ばかりですから」
 健三の心はこうした諷刺《ふうし》を笑って受けるほど落付《おちつ》いていなかった。周囲の事情は雅量に乏しい彼を益《ますます》窮屈にした。
「御前は役に立ちさえすれば
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