るんだからな」
「でも貴夫《あなた》に対する義理だと思っていらっしゃるんだから仕方がありませんわ」
 姉は世間でいう義理を克明に守り過ぎる女であった。他《ひと》から物を貰えばきっとそれ以上のものを贈り返そうとして苦しがった。
「どうも困るね、そう義理々々って、何が義理だかさっぱり解りゃしない。そんな形式的な事をするより、自分の小遣を比田《ひだ》に借りられないような用心でもする方がよっぽど増しだ」
 こんな事に掛けると存外無神経な細君は、強いて姉を弁護しようともしなかった。
「今にまた何か御礼をしますからそれで好いでしょう」
 他《ひと》を訪問する時に殆《ほと》んど土産《みやげ》ものを持参した例《ためし》のない健三は、それでもまだ不審そうに細君の膝の上にあるめりんす[#「めりんす」に傍点]を見詰めていた。

     八十六

「だから元は御姉《おあねえ》さんの所へ皆なが色んな物を持って来たんですって」
 細君は健三の顔を見て突然こんな事をいい出した。――
「十《とお》のものには十五の返しをなさる御姉さんの気性を知ってるもんだから、皆なその御礼を目的《あて》に何か呉れるんだそうですよ」

前へ 次へ
全343ページ中286ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング