摺《てずれ》のした貸本を投げ出した。
「読むなというんじゃない。それは御前の随意だ。しかし余《あん》まり眼を使わないようにしたら好いだろう」
細君は裁縫《しごと》が一番好きであった。夜《よる》眼が冴《さ》えて寐《ね》られない時などは、一時でも二時でも構わずに、細い針の目を洋燈《ランプ》の下に運ばせていた。長女か次女が生れた時、若い元気に任せて、相当の時期が経過しないうちに、縫物を取上げたのが本《もと》で、大変視力を悪くした経験もあった。
「ええ、針を持つのは毒ですけれども、本位構わないでしょう。それも始終読んでいるんじゃありませんから」
「しかし疲れるまで読み続けない方が好かろう。でないと後で困る」
「なに大丈夫です」
まだ三十に足りない細君には過労の意味が能く解らなかった。彼女は笑って取り合わなかった。
「御前が困らなくっても己が困る」
健三はわざと手前勝手らしい事をいった。自分の注意を無にする細君を見ると、健三はよくこんな言葉遣いをしたがった。それがまた夫の悪い癖の一つとして細君には数えられていた。
同時に彼のノートは益《ますます》細かくなって行った。最初|蠅《はえ》の頭位
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