であった字が次第に蟻《あり》の頭ほどに縮まって来た。何故《なぜ》そんな小さな文字を書かなければならないのかとさえ考えて見なかった彼は、殆《ほと》んど無意味に洋筆《ペン》を走らせてやまなかった。日の光りの弱った夕暮の窓の下、暗い洋燈《ランプ》から出る薄い灯火《ともしび》の影、彼は暇さえあれば彼の視力を濫費《らんぴ》して顧みなかった。細君に向ってした注意をかつて自分に払わなかった彼は、それを矛盾とも何とも思わなかった。細君もそれで平気らしく見えた。

     八十五

 細君の床が上げられた時、冬はもう荒れ果てた彼らの庭に霜柱の錐《きり》を立てようとしていた。
「大変荒れた事、今年は例《いつも》より寒いようね」
「血が少なくなったせいで、そう思うんだろう」
「そうでしょうかしら」
 細君は始めて気が付いたように、両手を火鉢《ひばち》の上に翳《かざ》して、自分の爪《つめ》の色を見た。
「鏡を見たら顔の色でも分りそうなものだのにね」
「ええ、そりゃ分ってますわ」
 彼女は再び火の上に差し延べた手を返して蒼白《あおしろ》い頬《ほお》を二、三度|撫《な》でた。
「しかし寒い事も寒いんでしょう、今
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