》いていた。
 一週間後の日曜が来た時、彼はまるで外出しなかった。気分を変えるため四時頃|風呂《ふろ》へ行って帰ったら、急にうっとりした好《い》い気持に襲われたので、彼は手足を畳の上へ伸ばしたまま、つい仮寐《うたたね》をした。そうして晩食《ばんめし》の時刻になって、細君から起されるまでは、首を切られた人のように何事も知らなかった。しかし起きて膳《ぜん》に向った時、彼には微《かす》かな寒気が脊筋《せすじ》を上から下へ伝わって行くような感じがあった。その後で烈《はげ》しい嚏《くさみ》が二つほど出た。傍にいる細君は黙っていた。健三も何もいわなかったが、腹の中ではこうした同情に乏しい細君に対する厭《いや》な心持を意識しつつ箸《はし》を取った。細君の方ではまた夫が何故《なぜ》自分に何もかも隔意なく話して、能働的《のうどうてき》に細君らしく振舞わせないのかと、その方をかえって不愉快に思った。
 その晩彼は明らかに多少|風邪《かぜ》気味であるという事に気が付いた。用心して早く寐《ね》ようと思ったが、ついしかけた仕事に妨げられて、十二時過まで起きていた。彼の床に入る時には家内のものはもう皆な寐ていた。
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