かな光を薄暗く室内に投げた。健三の眼を落している辺《あたり》は、夜具の縞柄《しまがら》さえ判明《はっきり》しないぼんやりした陰で一面に裹《つつ》まれていた。
 彼は狼狽《ろうばい》した。けれども洋燈を移して其所《そこ》を輝《てら》すのは、男子の見るべからざるものを強《し》いて見るような心持がして気が引けた。彼はやむをえず暗中に摸索した。彼の右手は忽《たちま》ち一種異様の触覚をもって、今まで経験した事のない或物に触れた。その或物は寒天のようにぷりぷりしていた。そうして輪廓からいっても恰好《かっこう》の判然しない何かの塊《かたまり》に過ぎなかった。彼は気味の悪い感じを彼の全身に伝えるこの塊を軽く指頭で撫《な》でて見た。塊りは動きもしなければ泣きもしなかった。ただ撫でるたんびにぷりぷりした寒天のようなものが剥《は》げ落ちるように思えた。もし強く抑えたり持ったりすれば、全体がきっと崩れてしまうに違ないと彼は考えた。彼は恐ろしくなって急に手を引込《ひっこ》めた。
「しかしこのままにして放って置いたら、風邪《かぜ》を引くだろう、寒さで凍《こご》えてしまうだろう」
 死んでいるか生きているかさえ弁別
前へ 次へ
全343ページ中269ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング