健三にはどの位な程度で細君の腹が痛んでいるのか分らなかった。彼は寒い夜の中に夜具から顔だけ出して、細君の様子をそっと眺めた。
「少し撫《さす》って遣《や》ろうか」
 起き上る事の臆劫《おっくう》な彼は出来るだけ口先で間に合せようとした。彼は産についての経験をただ一度しか有《も》っていなかった。その経験も大方は忘れていた。けれども長女の生れる時には、こういう痛みが、潮の満干《みちひ》のように、何度も来たり去ったりしたように思えた。
「そう急に生れるもんじゃないだろうな、子供ってものは。一仕切《ひとしきり》痛んではまた一仕切治まるんだろう」
「何だか知らないけれども段々痛くなるだけですわ」
 細君の態度は明らかに彼女の言葉を証拠立てた。凝《じっ》と蒲団《ふとん》の上に落付《おちつ》いていられない彼女は、枕を外して右を向いたり左へ動いたりした。男の健三には手の着けようがなかった。
「産婆を呼ぼうか」
「ええ、早く」
 職業柄産婆の宅《うち》には電話が掛っていたけれども、彼の家にそんな気の利いた設備のあろうはずはなかった。至急を要する場合が起るたびに、彼は何時でも掛りつけの近所の医者の所へ馳
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