だろう。事状に通じない健三にはこの疑問さえ解けなかった。
「一時必要な株数だけを私の名儀に書換てもらうんです」
健三は父の言葉に疑を挟むほど、彼の才能を見縊《みくび》っていなかった。彼と彼の家族とを目下の苦境から解脱《げだつ》させるという意味においても、その成功を希望しない訳に行かなかった。しかし依然として元の立場に立っている事も改める訳に行かなかった。彼の挨拶《あいさつ》は形式的であった。そうして幾分か彼の心の柔らかい部分をわざと堅苦しくした。老巧な父はまるで其所に注意を払わないように見えた。
「しかし困る事に、これは今が今という訳に行かないのです。時機があるものですからな」
彼は懐からまた一枚の辞令見たようなものを出して健三に見せた。それには或保険会社が彼に顧問を嘱託するという文句と、その報酬として月々彼に百円を贈与するという条件が書いてあった。
「今御話した一方の方が出来たらこれはやめるか、または出来ても続けてやるか、その辺はまだ分らないんですが、とにかく百円でも当座の凌《しの》ぎにはなりますから」
昔し彼が政府の内意で或官職を抛《なげう》った時、当路の人は山陰道筋のある地
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