しさに違なかった。前後と関係のないこの場だけの光景を眺める傍観者の眼にも健三はやはり馬鹿であった。それを承知している細君にすら、夫は決して賢こい男ではなかった。
「私《わたくし》も今度という今度は困りました」
最初にこういった父は健三からはかばかしい返事すら得なかった。
父はやがて財界で有名な或人の名を挙げた。その人は銀行家でもあり、また実業家でもあった。
「実はこの間ある人の周旋で会って見ましたが、どうか旨《うま》く出来そうですよ。三井《みつい》と三菱《みつびし》を除けば日本ではまあ彼所《あすこ》位なもんですから、使用人になったからといって、別に私の体面に関わる事もありませんし、それに仕事をする区域も広いようですから、面白く働けるだろうと思うんです」
この財力家によって細君の父に予約された位地というのは、関西にある或《ある》私立の鉄道会社の社長であった。会社の株の大部分を一人で所有しているその人は、自分の意志のままに、其所《そこ》の社長を選ぶ特権を有していたのである。しかし何十株か何百株かの持主として、予《あらか》じめ資格を作って置かなければならない父は、どうして金の工面をする
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