方の知事なら転任させても好《よ》いという条件を付けた事があった。しかし彼は断然それを斥《しり》ぞけた。彼が今大して隆盛でもない保険会社から百円の金を貰《もら》って、別に厭《いや》な顔をしないのも、やはり境遇の変化が彼の性格に及ぼす影響に相違なかった。
 こうした懸け隔てのない父の態度は、ややともすると健三を自分の立場から前へ押し出そうとした。その傾向を意識するや否や彼はまた後戻りをしなければならなかった。彼の自然は不自然らしく見える彼の態度を倫理的に認可したのである。

     七十七

 細君の父は事務家であった。ややともすると仕事本位の立場からばかり人を評価したがった。乃木《のぎ》将軍が一時台湾総督になって間もなくそれをやめた時、彼は健三に向ってこんな事をいった。――
「個人としての乃木さんは義に堅く情に篤《あつ》く実に立派なものです。しかし総督としての乃木さんが果して適任であるかどうかという問題になると、議論の余地がまだ大分《だいぶ》あるように思います。個人の徳は自分に親しく接触する左右のものには能《よ》く及ぶかも知れませんが、遠く離れた被治者に利益を与えようとするには不充分で
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