沈滞が融《と》け出す時に限っていた。その時健三は漸《ようや》く怒号をやめた。細君は始めて口を利き出した。二人は手を携えて談笑しながら、やはり円い輪の上を離れる訳に行かなかった。
 細君が産をする十日ばかり前に、彼女の父が突然健三を訪問した。生憎《あいにく》留守だった彼は、夕暮に帰ってから細君にその話を聞いて首を傾むけた。
「何か用でもあったのかい」
「ええ少し御話ししたい事があるんですって」
「何だい」
 細君は答えなかった。
「知らないのかい」
「ええ。また二、三日うちに上《あが》って能く御話をするからって帰りましたから、今度参ったら直《じか》に聞いて下さい」
 健三はそれより以上何もいう事が出来なかった。
 久しく細君の父を訪ねないでいた彼は、用事のあるなしにかかわらず、向うがわざわざこっちへ出掛けて来《き》ようなどとは夢にも予期しなかった。その不審が例《いつも》より彼の口数を多くする源因になった。それとは反対に細君の言葉はかえって常よりも少なかった。しかしそれは彼がよく彼女において発見する不平や無愛嬌《ぶあいきょう》から来る寡言《かげん》とも違っていた。
 夜は何時の間にやら全く
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