意味に使った。それが健三には空御世辞《からおせじ》のごとく響いた。
「こちらへはその後まるで来ないんですか」
「ああこの二、三年はまるっきり来ないよ」
「その前は?」
「その前はね、ちょくちょくってほどでもないが、それでも時々は来たのさ。それがまた可笑しいんだよ。来ると何時でも十一時頃でね。鰻飯《うなぎめし》かなにか食べさせないと決して帰らないんだからね。三度の御まんまを一《ひと》かたけでも好《い》いから他《ひと》の家《うち》で食べようっていうのがつまりあの人の腹なんだよ。そのくせ服装《なり》なんかかなりなものを着ているんだがね。……」
姉のいう事は脱線しがちであったけれども、それを聴いている健三には、やはり金銭上の問題で、自分が東京を去ったあとも、なお多少の交際が二人の間に持続されていたのだという見当はついた。しかしそれ以上何も知る事は出来なかった。目下の島田については全く分らなかった。
八
「島田は今でも元の所に住んでいるんだろうか」
こんな簡単な質問さえ姉には判然《はっきり》答えられなかった。健三は少し的《あて》が外れた。けれども自分の方から進んで島田の現在の居
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