。そうした日和《ひより》の好《い》い精神状態が少し継続すると、細君の唇から暖かい言葉が洩《も》れた。
「これは誰の子?」
健三の手を握って、自分の腹の上に載せた細君は、彼にこんな問を掛けたりした。その頃細君の腹はまだ今のように大きくはなかった。しかし彼女はこの時既に自分の胎内に蠢《うご》めき掛けていた生の脈搏《みゃくはく》を感じ始めたので、その微動を同情のある夫の指頭《しとう》に伝えようとしたのである。
「喧嘩《けんか》をするのはつまり両方が悪いからですね」
彼女はこんな事もいった。それほど自分が悪いと思っていない頑固《がんこ》な健三も、微笑するより外に仕方がなかった。
「離れればいくら親しくってもそれぎりになる代りに、一所にいさえすれば、たとい敵《かたき》同志でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう」
健三は立派な哲理でも考え出したように首を捻《ひね》った。
六十六
御常や島田の事以外に、兄と姉の消息も折々健三の耳に入った。
毎年《まいとし》時候が寒くなるときっと身体《からだ》に故障の起る兄は、秋口からまた風邪《かぜ》を引いて一週間ほど局を休
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