なって、彼の頭のどこかに入っていたのである。
 細君は彼のために説明した。
「三十年|近《ぢか》くにもなる古い事じゃありませんか。向うだって今となりゃ少しは遠慮があるでしょう。それに大抵の人はもう忘れてしまいまさあね。それから人間の性質だって長い間には少しずつ変って行きますからね」
 遠慮、忘却、性質の変化、それらのものを前に並べて考えて見ても、健三には少しも合点《がてん》が行かなかった。
「そんな淡泊《あっさり》した女じゃない」
 彼は腹の中でこういわなければどうしても承知が出来なかった。

     六十五

 御常を知らない細君はかえって夫の執拗《しつおう》を笑った。
「それが貴方《あなた》の癖だから仕方がない」
 平生《へいぜい》彼女の眼に映る健三の一部分はたしかにこうなのであった。ことに彼と自分の生家《さと》との関係について、夫のこの悪い癖《へき》が著るしく出ているように彼女は思っていた。
「己《おれ》が執拗なのじゃない、あの女が執拗なのだ。あの女と交際《つきあ》った事のない御前には、己の批評の正しさ加減が解らないからそんなあべこべ[#「あべこべ」に傍点]をいうのだ」
「だっ
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