た。
「御前を育てたものはこの私《わたし》だよ」
 この一句を二時間でも三時間でも布衍《ふえん》して、幼少の時分恩になった記憶をまた新らしく復習させられるのかと思うと、彼は辟易《へきえき》した。
「島田は御前の敵《かたき》だよ」
 彼女は自分の頭の中に残っているこの古い主観を、活動写真のように誇張して、また彼の前に露《さら》け出すに極《きま》っていた。彼はそれにも辟易しない訳に行かなかった。
 どっちを聴くにしても涙が交《まじ》るに違なかった。彼は装飾的に使用されるその涙を見るに堪えないような心持がした。彼女は話す時に姉のような大きな声を出す女ではなかった。けれども自分の必要と思う場合には、その言葉に厭《いや》らしい強い力を入れた。円朝《えんちょう》の人情噺《にんじょうばなし》に出て来る女が、長い火箸《ひばし》を灰の中に突き刺し突き刺し、他《ひと》に騙《だま》された恨《うらみ》を述べて、相手を困らせるのとほぼ同じ態度でまた同じ口調であった。
 彼の予期が外れた時、彼はそれを仕合せと考えるよりもむしろ不思議に思う位、御常の性格が牢《ろう》として崩すべからざる判明《はっきり》した一種の型に
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