皺《しわ》だらけの紙幣を、指の間に挟んで、ちょっと胸のあたりまで上げて見せた。彼女の挙動は自分の勝利に誇るものの如く微《かす》かな笑に伴なった。
「何時入れたのか」
「あの人の帰った後でです」
 健三は細君の心遣を嬉《うれ》しく思うよりもむしろ珍らしく眺めた。彼の理解している細君はこんな気の利いた事を滅多にする女ではなかったのである。
「己《おれ》が内所《ないしょ》で島田に金を奪《と》られたのを気の毒とでも思ったものかしら」
 彼はこう考えた。しかし口へ出してその理由《わけ》を彼女に訊《き》き糺《ただ》して見る事はしなかった。夫と同じ態度をついに失わずにいた彼女も、自ら進んで己《おの》れを説明する面倒を敢《あえ》てしなかった。彼女の填補《てんぽ》した金はかくして黙って受取られ、また黙って消費されてしまった。
 その内細君の御腹《おなか》が段々大きくなって来た。起居《たちい》に重苦しそうな呼息《いき》をし始めた。気分も能《よ》く変化した。
「妾《わたくし》今度《こんだ》はことによると助からないかも知れませんよ」
 彼女は時々何に感じてかこういって涙を流した。大抵は取り合わずにいる健三も、
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