はなかった。細君が何故《なぜ》丁寧にそれを元の場所へ置いてくれたのだろうかとさえ疑った彼は、皮肉な一瞥《いちべつ》を空っぽうの入物に与えたぎり、手も触れずに幾日かを過ごした。
その内何かで金の要《い》る日が来た。健三は机の上の紙入を取り上げて細君の鼻の先へ出した。
「おい少し金を入れてくれ」
細君は右の手で物指《ものさし》を持ったまま夫の顔を下から見上げた。
「這入《はい》ってるはずですよ」
彼女はこの間島田の帰ったあとで何事も夫から聴こうとしなかった。それで老人に金を奪《と》られたことも全く夫婦間の話題に上《のぼ》っていなかった。健三は細君が事状を知らないでこういうのかと思った。
「あれはもう遣《や》っちゃったんだ。紙入は疾《と》うから空っぽうになっているんだよ」
細君は依然として自分の誤解に気が付かないらしかった。物指を畳の上へ投げ出して手を夫の方へ差し延べた。
「ちょっと拝見」
健三は馬鹿々々しいという風をして、それを細君に渡した。細君は中を検《あら》ためた。中からは四、五枚の紙幣《さつ》が出た。
「そらやっぱり入ってるじゃありませんか」
彼女は手垢《てあか》の付いた
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