健三は立って書斎の机の上から自分の紙入を持って来た。一家の会計を司《つかさ》どっていない彼の財嚢《ざいのう》は無論軽かった。空のまま硯箱《すずりばこ》の傍《そば》に幾日《いくか》も横たわっている事さえ珍らしくはなかった。彼はその中から手に触れるだけの紙幣を攫《つか》み出して島田の前に置いた。島田は変な顔をした。
「どうせ貴方《あなた》の請求通り上げる訳には行かないんです。それでもありったけ悉皆《みんな》上げたんですよ」
健三は紙入の中を開けて島田に見せた。そうして彼の帰ったあとで、空の財布を客間へ放り出したまままた書斎へ入った。細君には金を遣《や》った事を一口もいわなかった。
五十三
翌日《あくるひ》例刻に帰った健三は、机の前に坐《すわ》って、大事らしく何時もの所に置かれた昨日《きのう》の紙入に眼を付けた。革で拵《こし》らえた大型のこの二つ折は彼の持物としてむしろ立派過ぎる位上等な品であった。彼はそれを倫敦《ロンドン》の最も賑《にぎ》やかな町で買ったのである。
外国から持って帰った記念が、何の興味も惹《ひ》かなくなりつつある今の彼には、この紙入も無用の長物と見える外
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