《ねがお》の上に翳《かざ》した。彼女は口を閉じていた。彼の掌《てのひら》には細君の鼻の穴から出る生暖かい呼息《いき》が微かに感ぜられた。その呼息は規則正しかった。また穏やかだった。
彼は漸《ようや》く出した手を引いた。するともう一度細君の名を呼んで見なければまだ安心が出来ないという気が彼の胸を衝《つ》いて起った。けれども彼は直《すぐ》その衝動に打勝った。次に彼はまた細君の肩へ手を懸けて、再び彼女を揺《ゆす》り起そうとしたが、それもやめた。
「大丈夫だろう」
彼は漸く普通の人の断案に帰着する事が出来た。しかし細君の病気に対して神経の鋭敏になっている彼には、それが何人《なんびと》もこういう場合に取らなければならない尋常の手続きのように思われたのである。
細君の病気には熟睡が一番の薬であった。長時間彼女の傍に坐って、心配そうにその顔を見詰めている健三に何よりも有難いその眠りが、静かに彼女の瞼《まぶた》の上に落ちた時、彼は天から降る甘露をまのあたり見るような気が常にした。しかしその眠りがまた余り長く続き過ぎると、今度は自分の視線から隠された彼女の眼がかえって不安の種になった。ついに睫毛《
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