じ問をまた繰り返さなければならなかった。それでも細君は答えなかった。
 彼は結婚以来こういう現象に何度となく遭遇した。しかし彼の神経はそれに慣らされるには余りに鋭敏過ぎた。遭遇するたびに、同程度の不安を感ずるのが常であった。彼はすぐ枕元に腰を卸した。
「もうあっちへ行っても好《い》い。此所《ここ》には己《おれ》がいるから」
 ぼんやり蒲団の裾に坐《すわ》って、退屈そうに健三の様子を眺めていた下女《げじょ》は無言のまま立ち上った。そうして「御休みなさい」と敷居の所へ手を突いて御辞儀をしたなり襖を立て切った。後には赤い筋を引いた光るものが畳の上に残った。彼は眉《まゆ》を顰《ひそ》めながら下女の振り落して行った針を取り上げた。何時もなら婢《おんな》を呼び返して小言《こごと》をいって渡すところを、今の彼は黙って手に持ったまま、しばらく考えていた。彼はしまいにその針をぷつりと襖に立てた。そうしてまた細君の方へ向き直った。
 細君の眼はもう天井を離れていた。しかし判然《はっきり》どこを見ているとも思えなかった。黒い大きな瞳子《ひとみ》には生きた光があった。けれども生きた働きが欠けていた。彼女は魂と
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