直接《じか》に繋《つな》がっていないような眼を一杯に開けて、漫然と瞳孔《ひとみ》の向いた見当を眺めていた。
「おい」
健三は細君の肩を揺《ゆす》った。細君は返事をせずにただ首だけをそろりと動かして心持健三の方に顔を向けた。けれども其所《そこ》に夫の存在を認める何らの輝きもなかった。
「おい、己だよ。分るかい」
こういう場合に彼の何時でも用いる陳腐で簡略でしかもぞんざい[#「ぞんざい」に傍点]なこの言葉のうちには、他《ひと》に知れないで自分にばかり解っている憐憫《れんびん》と苦痛と悲哀があった。それから跪《ひざ》まずいて天に祷《いの》る時の誠と願もあった。
「どうぞ口を利いてくれ。後生だから己の顔を見てくれ」
彼は心のうちでこういって細君に頼むのである。しかしその痛切な頼みを決して口へ出していおうとはしなかった。感傷的《センチメンタル》な気分に支配されやすいくせに、彼は決して外表的《デモンストラチーヴ》になれない男であった。
細君の眼は突然|平生《へいぜい》の我に帰った。そうして夢から覚めた人のように健三を見た。
「貴夫《あなた》?」
彼女の声は細くかつ長かった。彼女は微笑しか
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