とお》っていた。彼はこの老人が或日或物を持って、今より判明《はっき》りした姿で、きっと自分の前に現れてくるに違ないという予覚に支配された。その或物がまた必ず自分に不愉快なもしくは不利益な形を具えているに違ないという推測にも支配された。
 彼は退屈のうちに細いながらかなり鋭どい緊張を感じた。そのせいか、島田の自分を見る眼が、さっき擦硝子《すりガラス》の蓋《かさ》を通して油煙に燻《くす》ぶった洋燈《ランプ》の灯《ひ》を眺めていた時とは全く変っていた。
「隙《すき》があったら飛び込もう」
 落ち込んだ彼の眼は鈍いくせに明らかにこの意味を物語っていた。自然健三はそれに抵抗して身構えなければならなくなった。しかし時によると、その身構えをさらりと投げ出して、飢えたような相手の眼に、落付《おちつき》を与えて遣《や》りたくなる場合もあった。
 その時突然奥の間で細君の唸《うな》るような声がした。健三の神経はこの声に対して普通の人以上の敏感を有《も》っていた。彼はすぐ耳を峙《そば》だてた。
「誰か病気ですか」と島田が訊《き》いた。
「ええ妻《さい》が少し」
「そうですか、それはいけませんね。どこが悪いん
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