君は笑いながら訊《き》いた。
「李鴻章の掛物をどうとかいってたのね」
「己に遣《や》ろうかっていうんだ」
「御止《およ》しなさいよ。そんな物を貰ってまた後からどんな無心を持ち懸けられるかも知れないわ。遣るっていうのは、大方口の先だけなんでしょう。本当は買ってくれっていう気なんですよ、きっと」
 夫婦には李鴻章の掛物よりもまだ外に買いたいものが沢山あった。段々大きくなって来る女の子に、相当の着物を着せて表へ出す事の出来ないのも、細君からいえば、夫の気の付かない心配に違なかった。二円五十銭の月賦で、この間拵えた雨合羽《あまがっぱ》の代を、月々洋服屋に払っている夫も、あまり長閑《のどか》な心持になれようはずがなかった。
「復籍の事は何にもいい出さなかったようですね」
「うん何にもいわない。まるで狐《きつね》に抓《つま》まれたようなものだ」
 始めからこっちの気を引くためにわざとそんな突飛《とっぴ》な要求を持ち出したものか、または真面目《まじめ》な懸合《かけあい》として、それを比田《ひだ》へ持ち込んだ後《あと》、比田からきっぱり断られたので、始めて駄目だと覚《さと》ったものか、健三にはまるで見
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