子に御父《おとっ》ッさんが何といったい。あの子の方に余計口を利くかい、御前の方にかい」
 何の答もしなかった健三の心には、ただ不愉快の念のみ募った。しかし御常は其所《そこ》で留まる女ではなかった。
「汁粉屋で御前をどっちへ坐らせたい。右の方かい、左の方かい」
 嫉妬《しっと》から出る質問は何時まで経っても尽きなかった。その質問のうちに自分の人格を会釈なく露《あら》わして顧り見ない彼女は、十《とお》にも足りないわが養い子から、愛想《あいそ》を尽かされて毫《ごう》も気が付かずにいた。

     四十四

 間もなく島田は健三の眼から突然消えて失くなった。河岸《かし》を向いた裏通りと賑《にぎや》かな表通りとの間に挟まっていた今までの住居《すまい》も急にどこへか行ってしまった。御常とたった二人ぎりになった健三は、見馴《みな》れない変な宅《うち》の中に自分を見出だした。
 その家の表には門口《かどぐち》に縄暖簾《なわのれん》を下げた米屋だか味噌屋《みそや》だかがあった。彼の記憶はこの大きな店と、茹《う》でた大豆とを彼に連想せしめた。彼は毎日それを食った事をいまだに忘れずにいた。しかし自分の新ら
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