も土を踏む面倒がなかった。雨の降る日には傘を差す臆劫《おっくう》を省く事が出来た。彼は自宅から縁側伝いで勤めに出た。そうして同じ縁側を歩いて宅《うち》へ帰った。
 こういう関係が、小さい健三を少なからず大胆にした。彼は時々公けの場所へ顔を出して、みんなから相手にされた。彼は好い気になって、書記の硯箱《すずりばこ》の中にある朱墨《しゅずみ》を弄《いじ》ったり、小刀の鞘《さや》を払って見たり、他《ひと》に蒼蠅《うるさ》がられるような悪戯《いたずら》を続けざまにした。島田はまた出来る限りの専横をもって、この小暴君の態度を是認した。
 島田は吝嗇《りんしょく》な男であった。妻《さい》の御常は島田よりもなお吝嗇であった。
「爪《つめ》に火を点《とも》すってえのは、あの事だね」
 彼が実家に帰ってから後《のち》、こんな評が時々彼の耳に入《い》った。しかし当時の彼は、御常が長火鉢《ながひばち》の傍《そば》へ坐って、下女《げじょ》に味噌汁《おつけ》をよそって遣るのを何の気もなく眺めていた。
「それじゃ何ぼ何でも下女が可哀《かわい》そうだ」
 彼の実家のものは苦笑した。
 御常はまた飯櫃《おはち》や御菜
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