じゃとてもそんな元気はありゃしない。だけど御蔭様でこう遣って毎日牛乳も飲んでるし……」
健三は些少《さしょう》ながら月々いくらかの小遣を姉に遣《や》る事を忘れなかったのである。
「少し痩《や》せたようですね」
「なにこりゃ私《あたし》の持前《もちまえ》だから仕方がない。昔から肥《ふと》った事のない女なんだから。やッぱり癇《かん》が強いもんだからね。癇で肥る事が出来ないんだよ」
姉は肉のない細い腕を捲《まく》って健三の前に出して見せた。大きな落ち込んだ彼女の眼の下を薄黒い半円形の暈《かさ》が、怠《だる》そうな皮で物憂《ものう》げに染めていた。健三は黙ってそのぱさぱさした手の平を見詰めた。
「でも健ちゃんは立派になって本当に結構だ。御前さんが外国へ行く時なんか、もう二度と生きて会う事は六《む》ずかしかろうと思ってたのに、それでもよくまあ達者で帰って来られたのね。御父《おとっ》さんや御母《おっか》さんが生きて御出だったらさぞ御喜びだろう」
姉の眼にはいつか涙が溜《たま》っていた。姉は健三の子供の時分、「今に姉さんに御金が出来たら、健ちゃんに何でも好なものを買って上げるよ」と口癖《くちく
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