せ》のようにいっていた。そうかと思うと、「こんな偏窟《へんくつ》じゃこの子はとても物にゃならない」ともいった。健三は姉の昔の言葉やら語気やらを思い浮べて、心の中で苦笑した。

     五

 そんな古い記憶を喚《よ》び起こすにつけても、久しく会わなかった姉の老けた様子が一層《ひとしお》健三の眼についた。
「時に姉さんはいくつでしたかね」
「もう御婆《おばあ》さんさ。取って一《いち》だもの御前さん」
 姉は黄色い疎《まば》らな歯を出して笑って見せた。実際五十一とは健三にも意外であった。
「すると私《わたし》とは一廻《ひとまわり》以上違うんだね。私ゃまた精々違って十《とお》か十一だと思っていた」
「どうして一廻どころか。健ちゃんとは十六違うんだよ、姉さんは。良人《うち》が羊の三碧《さんぺき》で姉さんが四緑《しろく》なんだから。健ちゃんは慥《たし》か七赤《しちせき》だったね」
「何だか知らないが、とにかく三十六ですよ」
「繰って見て御覧、きっと七赤だから」
 健三はどうして自分の星を繰るのか、それさえ知らなかった。年齢《とし》の話はそれぎりやめてしまった。
「今日は御留守なんですか」と比田
前へ 次へ
全343ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング