《さが》りに水際まで続いた。石垣の隙間からは弁慶蟹《べんけいがに》がよく鋏《はさみ》を出した。
 島田の家はこの細長い屋敷を三つに区切ったものの真中にあった。もとは大きな町人の所有で、河岸に面した長方形の広間がその店になっていたらしく思われるけれども、その持主の何者であったか、またどうして彼が其所を立ち退《の》いたものか、それらは凡《すべ》て健三の知識の外《ほか》に横《よこた》わる秘密であった。
 一頃その広い部屋をある西洋人が借りて英語を教えた事があった。まだ西洋人を異人という昔の時代だったので、島田の妻《さい》の御常《おつね》は、化物《ばけもの》と同居でもしているように気味を悪がった。尤《もっと》もこの西洋人は上靴《スリッパー》を穿《は》いて、島田の借りている部屋の縁側までのそのそ歩いてくる癖を有《も》っていた。御常が癪《しゃく》の気味だとかいって蒼《あお》い顔をして寐《ね》ていると、其所の縁側へ立って座敷を覗き込みながら、見舞を述べたりした。その見舞の言葉は日本語か、英語か、またはただ手真似だけか、健三にはまるで解っていなかった。

     四十

 西洋人は何時の間にか去って
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