の広い宅《うち》には人が誰も住んでいなかった。それを淋《さみ》しいとも思わずにいられるほどの幼ない彼には、まだ家というものの経験と理解が欠けていた。
 彼はいくつとなく続いている部屋だの、遠くまで真直《まっすぐ》に見える廊下だのを、あたかも天井の付いた町のように考えた。そうして人の通らない往来を一人で歩く気でそこいら中|馳《か》け廻った。
 彼は時々表二階《おもてにかい》へ上《あが》って、細い格子《こうし》の間から下を見下した。鈴を鳴らしたり、腹掛《はらがけ》を掛けたりした馬が何匹も続いて彼の眼の前を過ぎた。路《みち》を隔てた真ん向うには大きな唐金《からかね》の仏様があった。その仏様は胡坐《あぐら》をかいて蓮台《れんだい》の上に坐《すわ》っていた。太い錫杖《しゃくじょう》を担いでいた、それから頭に笠《かさ》を被《かぶ》っていた。
 健三は時々薄暗い土間《どま》へ下りて、其所《そこ》からすぐ向側《むこうがわ》の石段を下りるために、馬の通る往来を横切った。彼はこうしてよく仏様へ攀《よ》じ上《のぼ》った。着物の襞《ひだ》へ足を掛けたり、錫杖の柄《え》へ捉《つら》まったりして、後《うしろ》から
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