を掻《か》きまわしているこの姉を見出した。
「まあ珍らしく能《よ》く来てくれたこと。さあ御敷きなさい」
姉は健三に座蒲団《ざぶとん》を勧めて縁側へ手を洗いに行った。
健三はその留守に座敷のなかを見廻わした。欄間《らんま》には彼が子供の時から見覚えのある古ぼけた額が懸っていた。その落款《らっかん》に書いてある筒井憲《つついけん》という名は、たしか旗本《はたもと》の書家か何《なに》かで、大変字が上手なんだと、十五、六の昔|此所《ここ》の主人から教えられた事を思い出した。彼はその主人をその頃は兄さん兄さんと呼んで始終遊びに行ったものである。そうして年からいえば叔父甥《おじおい》ほどの相違があるのに、二人して能く座敷の中で相撲《すもう》をとっては姉から怒《おこ》られたり、屋根へ登って無花果《いちじく》を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》いで食って、その皮を隣の庭へ投げたため、尻《しり》を持ち込まれたりした。主人が箱入りのコンパス[#「コンパス」に傍点]を買って遣《や》るといって彼を騙《だま》したなり何時まで経っても買ってくれなかったのを非常に恨めしく思った事もあった。姉と
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