見ると双方とも、一廻りも上であった。この夫がもと四ッ谷の区役所へ勤めた縁故で、彼が其所《そこ》をやめた今日《こんにち》でも、まだ馴染《なじみ》の多い土地を離れるのが厭《いや》だといって、姉は今の勤先に不便なのも構わず、やっぱり元の古ぼけた家に住んでいるのである。

     四

 この姉は喘息持《ぜんそくもち》であった。年が年中ぜえぜえいっていた。それでも生れ付が非常な癇性《かんしょう》なので、よほど苦しくないと決して凝《じっ》としていなかった。何か用を拵《こしら》えて狭い家《うち》の中を始終ぐるぐる廻って歩かないと承知しなかった。その落付《おちつき》のないがさつ[#「がさつ」に傍点]な態度が健三の眼には如何《いか》にも気の毒に見えた。
 姉はまた非常に饒舌《しゃべ》る事の好《すき》な女であった。そうしてその喋舌り方に少しも品位というものがなかった。彼女と対坐《たいざ》する健三はきっと苦い顔をして黙らなければならなかった。
「これが己《おれ》の姉なんだからなあ」
 彼女と話をした後《あと》の健三の胸には何時でもこういう述懐が起った。
 その日健三は例の如く襷《たすき》を掛けて戸棚の中
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