所へ養子に遣《や》られたのね。此所にそう書いてありますよ」
健三は因果な自分を自分で憐《あわ》れんだ。平気な細君はその続きを読み出した。
「右健三三歳のみぎり養子に差遣《さしつかわ》し置候処《おきそろところ》平吉儀妻《へいきちぎさい》常《つね》と不和を生じ、遂に離別と相成候につき当時八歳の健三を当方へ引き取り今日《こんにち》まで十四カ年間養育致し、――あとは真赤《まっか》でごちゃごちゃして読めないわね」
細君は自分の眼の位置と書付の位置とを色々に配合して後を読もうと企てた。健三は腕組をして黙って待っていた。細君はやがてくすくす笑い出した。
「何が可笑《おか》しいんだ」
「だって」
細君は何にもいわずに、書付を夫の方に向け直した。そうして人さし指の頭で、細かく割註《わりちゅう》のように朱で書いた所を抑えた。
「ちょっと其所《そこ》を読んで御覧なさい」
健三は八の字を寄せながら、その一行を六《む》ずかしそうに読み下した。
「取扱い所勤務中|遠山藤《とおやまふじ》と申す後家《ごけ》へ通じ合い候《そうろう》が事の起り。――何だ下らない」
「しかし本当なんでしょう」
「本当は本当さ」
「
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