て読んだ。そうして大いに感服した。(ある意味から云えば、今でも感服している。ここに余のいわゆるある意味を説明する事のできないのは遺憾《いかん》であるが、作物《さくぶつ》の批評を重《おも》にして書いたものでないからやむをえない。)そこで、手紙を認《したた》めて、いささかながら早稲田から西片町へ向けて賛辞を郵送した。実は脳病が気の毒でならなかったから、こんな余計な事をしたのである。その当時君は文学者をもって自《みずか》ら任じていないなどとは夢にも知らなかったので、同業者同社員たる余の言葉が、少しは君に慰藉《いしゃ》を与えはしまいかという己惚《うぬぼれ》があったんだが、文士たる事を恥ずという君の立場を考えて見ると、これは実際|入《い》らざる差し出た所為《しょい》であったかも知れない。返事には端書《はがき》が一枚来た。その文句は、有難《ありがと》う、いずれ拝顔の上とか何とかあるだけで、すこぶる簡単かつあっさりしていた。ちっとも「其面影」流でないのには驚いた。長谷川君の書に一種の風韻《ふういん》のある事もその時始めて知った。しかしその書体もけっして「其面影」流ではなかった。
 それから、ずっと打
前へ 次へ
全12ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング