絶えた。次に逢《あ》ったのは君が露西亜《ロシア》へ行く事がほぼ内定した時のことである。大阪の鳥居君が出て来て、長谷川君と余を呼んで午餐《ごさん》を共にした。所は神田川《かんだがわ》である。旅館に落ち合って、あすこにしよう、ここにしようと評議をしている時に、君はしきりに食い物の話を持ち出した。中華亭とはどう書いたかねと余に聞いた事を覚えている。神田川では、満洲へ旅行した話やら、露西亜人に捕《つら》まって牢《ろう》へぶち込まれた話をしていた。それから、現今の露西亜|文壇《ぶんだん》の趨勢《すうせい》の断えず変っている有様やら、知名の文学者の名やら(その名はたくさんあったが、みんな余の知らないものばかりであった)、日本の小説の売れない事やら、露西亜へ行ったら、日本人の短篇を露語に訳して見たいという希望やら、いろいろ述べた。何しろ三人寝そべって、二三時間暮らしていたのだから、ずいぶんゆっくり話しもできた。最後にダンチェンコのために宴会をやるつもりだから出席してくれろという事と、それから物集《もずめ》の御嬢さんを、自分がいなくなったら托したいという二件を依頼した。それで分かれた。
最後に逢った
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング